蒲原"Take Three"を語る

4年振りの新作。
制作作業に4年かかったというわけではないのだが、
このアルバムを制作する上で、必要な時間であった。

このアルバムの主旨ならびに各曲の説明は、タケのページを参考にしていただいて、
僕は違う視点から語らせてもらおうと思う。

このアルバムにおける前三作との大きな違いは、
アコースティックなジャズへの道筋が確立しつつある点である。


タケが帰国してからずっとこだわってきた、
自分たちの世代によるアコースティックなジャズの姿。
僕自身、前作までの曲を時系列に演奏してきたが、
このアルバムに含まれる曲をはじめて演奏した時にその変化に気づいた。

少し話は逸れるが、僕らの世代は少年時代にエレクトリックな音響の音楽に多大なる影響を受けてきた。
アンプラグドなる言葉はまだ存在すらしていなかった時代だ。
当時のジャズミュージシャンたちも、こぞってエレクトリックサウンドを取り入れ、
新たなジャズの形を模索していた。
当時、新たにアコースティックな音響のジャズを模索していたのは、
1970年代のキースジャレットやパットメセニーなど一部の人達くらいであろう。
ピアニストであるタケからすれば、エレクトリックな音楽とアコースティックな音響との共存は、
大きな壁であったに違いない。

本作を聴かれると、エレクトリック楽器が入っていたり、壮大なオーケストレーションがあったりと、
多くの人にとってあまり前作までとの違いには気づかれないと思う。
しかし、僕たちのライブによく来ていただいている方にはご存知であろうが、
以前から比較的繰り返し演奏してきた曲が多い。
そう、つまりライブにおける再現性である。

様々なフォーマットで作曲してきたタケからすると、
このライブにおける再現性というテーマは、どうしても乗り越えなければならなかった。
ジャズミュージシャンが、アコースティックな音響でスタンダード曲を演奏する如くに、
ライブで楽しく演奏できる形とはどういったものか。
これこそタケが長年追い求めてきた課題の一つであった。
作曲したことのある人なら分かることだが、これがなかなか難しいのだ。
むしろメロディーや和声、リズムを創造する行為以上に大変かもしれない。
ソロセクションはどうする。
曲のヘッド(メロディーが決まっている部分)との関連性は。
ソロセクションを繰り返す中で、演奏者が自由に楽しめるのか。
スタンダード曲で当たり前に行われているこういった事も、
いざオリジナル曲の中でトライすると一筋縄ではいかない。
結局、スタンダード曲か、ごく一部の成功したオリジナル曲を参考に作らざる負えない事態に陥る。
僕が思うに、タケもこのアルバムの収録曲を作曲した頃から、
徐々に手応えを感じはじめたのではなかろうか。

このアルバム制作で、僕が意識したことはライブ感である。
もちろん、ライブ会場でライブ録音するといった意味ではない。
エレクトリック楽器やオーケストラが入ろうが、
核はあくまでアコースティックな音響のジャズが聴こえてくるか。
結果、大胆かつ繊細な響きを充分に反映させられた作品になったと思う。

このアルバムのもう一つのテーマであるダンスミュージック集という意味合いからみても、
演奏のエネルギーがそのまま、聴く人の心と体に響くのではなかろうか。

このアルバムをはじめて聴いた時に、思わず体が動いてしまう。
クラブで流れる音楽ではけっしてないけれども、僕にとってライブ感とはそういうものだ。

このアルバムを手に取った人に少しでもそれが伝われば、この上ない喜びです。

そして再びこれらの曲をライブで演奏するのが待ち遠しいです。

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